2006年 03月 04日 ( 1 )

会話について

周囲の優しさ感謝を胸に/作野さん卒業
http://mytown.asahi.com/shimane/news.php?k_id=33000000603040003

上記記事によると、島根県に住む、重度聴覚障害を持つ女子高生がこの春に高校を卒業するそうです。それだけなら普通のニュースですが、彼女の凄いところ(?)は今まで一回もろう学校に通わずに一般校だけで過ごした点にあるようです。
聴覚障害を持っていてもろう学校に通わず、普通の学校に通う例はいくらでもあります。
でも、大抵は幼稚部か小学部の途中までろう学校に通い、その後に普通校にインテグレーションすることが多いのです。
彼女の親は自分の娘さんが社会に出たとき、健常者の中でも普通に生活できるようにとろう学校に通わないで普通の学校に通うことを選択したようです。
その一方で東京や大阪の言語聴覚士に会話について教育を受け、手話なしで会話出来るようにした、と言うようなことが書いてありました。
学生生活そのものは本人の努力、そして級友や先生などの協力のおかげで無事過ごせたみたいですが、私がひっかかったのは「手話なしで会話出来るようにした」という部分です。

「手話なしで会話が出来る」というのはそんなに素晴らしいものなのかどうか?と思うと、そうではないと思います。
私がろう活動を始めて手話の世界に入ったために、手話の大切さ・便利さに目覚めたせいもあると思いますが、やはり重度聴覚障害を持つ人は手話は必須言語だと思います。
軽度聴覚障害や中途失聴者は耳から入ってくる音声を判別出来る人も多いみたいですが、重度だと耳から入ってくる声を判別は出来ません。
となると、やはり視覚的に見て会話の内容を理解出来る必要があります。
唇の動きを読めば話しの内容がわかる人もいっぱいいますが、彼らにしても唇の動きをずっと集中して見ているのには限界があります。
また、唇の動きが似ている言葉の場合(よく例としてあげられるのは「たばこ」「たまご」「なまこ」の3つの言葉です)はうまく読み取れないと、結果として話し手の伝えたいことと聞き手の受け止め方に差が出てしまいます。
そういう意味では唇の動きが読める=100%ではないわけで、会話が出来ると堂々と言えるわけではないような気がしています。

文章表現の違いの差・読む人の読解力によってはまた違う受け止め方をするはずですが、私はこう受け止めたということで、ご理解頂ければと思います。

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by maro1010 | 2006-03-04 22:44 | 聴覚障害